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茨城でもメジャーになりきれていない「水戸藩らーめん」だが、県外2カ所に「漫遊」している。 京都市右京区の東映太秦映画村では、「時代劇を身近に感じられるように」と98年にメニューに加えた。見学者や俳優が食べにくる。東京・三鷹の中華料理店「杏(きょう)苑」では、水戸で食べた住人からのリクエストに応え、取り入れた。水戸藩らーめんは県内9店舗を含め、11店で提供されている。 ラーメンを「日本で最初に食べた」とされる2代藩主徳川光圀は、めん類が好きだった。隠居所の西山荘では、「自分がうどんを打つ」といってはめんをござの上で踏み込み始め、部下に振る舞っていた。若いころ、浅草の町中でうどんを打っているのを見て覚えたらしい。 平成に入り、水戸藩らーめんを再現したのは川崎製麺(めん)所(水戸市下大野町)の社長、川崎一男さん(57)だ。バブル崩壊後、ラーメンによる町おこしを目指していた。反応が悪いながらも水戸市の食堂や製めん所に声をかけていた折、水戸藩の料理を研究していた料亭経営者の故大塚子(ね)之(の)吉(きち)さんと出会った。これが93年に「水戸藩らーめん」が誕生したきっかけだったという。めんにレンコンが練り込まれているのが特徴だ。 水戸にはほかに、「光圀ラーメン」というのもある。かつては福岡や岡山でも似た名前のラーメンが売り出されたり、エースコックが「幕末水戸しょうゆラーメン」というカップめんを作ったりしたこともあった。 食文化評論家の故小菅桂子さんが87年、ラーメンの歴史をまとめた『にっぽんラーメン物語』を出版すると、「水戸黄門ラーメン説」は全国に広まった。小菅さんを知る「新横浜ラーメン博物館」経営の岩岡洋志さん(49)は、小菅さんが「水戸黄門が何百年も前に食べているのよ。ロマンがあるわ」と目をきらきらさせて話していたのが印象的だったという。 岩岡さんも興味を持ち、有名料理店の中国人シェフに再現してもらい食べたことがある。「タイムマシンに乗っている夢を感じました」。水戸徳川家の家紋が入ったおわんで、博物館にレプリカで展示した。足を止めて注目する人は、いまだに多いという。(北崎礼子)
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